ゆずぽん日和

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海にて

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仕事で海沿いの街を訪れた。

いささか緊張する仕事を無事に終えたという高揚感に浸りながら、
夕日が沈んでいくのをひとり眺めていた。
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オレンジからブルー、そして濃紺へと刻々と変化していく
空と海の見事なグラデーション。

昼と夜の間をゆらゆらと漂うような微妙な世界。
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私もこの海のようにゆらゆら漂っていたいな。。。
そんなことを考えた、初夏の夕暮れ。
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考えすぎて、動けなくなるのは、悪い癖。
思い切って、状況に委ねてしまうのも、時にはいいよね。
きっと。

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# by sakuramoegi | 2016-06-13 13:41 | ひとりごと | Comments(0)

居心地のいい場所

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自分にとって、居心地のいい環境を選ぼう。

人も場所も。

家の中で一番気持ちいい場所で眠る猫のように。


以前、キツイ環境で仕事をしていたことがあった。
その当時は、毎日、「辞めるべきか、このまま続けるべきか」考えて、悩んで、でも結論が出せなくて堂々巡りが続いていた。

その頃、常に自分に言い聞かせていたのは「逃げたら負け。負け癖がつく」という言葉。
もちろん、学びも大きく、この環境を乗り越えたら成長できると信じていたから、辛くても必死でとどまった。

しかし、結局、私も同僚も体調がおかしくなり、もう限界と思い始めた頃、会社が再出発をすることになり、そのタイミングで会社都合での退職となった。


あれから、まもなく8年位になるだろうか。
今思うのは、あの環境にしがみついていたのは、もしかするとただの執着だったのかもしれないなということ。

もちろん、大変な環境だけあって、学んだことも多く、かけがえのない経験として、今の自分の力になっていることも間違いない。

でも、環境を変えることは、決して逃げることでも、負けることでもなく、自分にとってよりよい環境にシフトするだけということなのだと思う。
辞めなかったことで学んだことが大きかったのと同じくらいに、辞めることで学べることも、大きかったはずだ。

一概にどちらがいいとは言えないけれども、必要以上に環境を変えることを躊躇する必要はない、と今は思う。

猫のように、どちらが自分にとって一番居心地がいいのか、心の声に従って行動すれば、きっとそれがベストの答え。



環境を変えるのは逃げることではなくて、ただ単に間違いを正すだけのこと。

無理してとどまり続けるのは、偉いのではなくただの執着。


そこに学びがあるのか?ただの執着なのか?

最後に決めるのは、自分の心の声。

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# by sakuramoegi | 2016-05-31 11:55 | 猫から学んだこと | Comments(2)

ひとりごと

もうすぐ5月も終わり。
間も無く梅雨入りするのか、今日も朝から雨の一日。
6月に誕生日を迎える私は、この時期になるといろいろな振り返りを行う。
この1年、どんな生き方をしてきたのか?ちゃんと前に進んでいるのか・・・?


その中にあったのが「与えられる側から、作る側へ」という言葉。
果たして今の私は、ただ単なる与えられる人なのか、自分の価値観を持って何かを表現する作る側の人なのか・・・

自信を持って「作る側」とは言えないけれど、「作る側でいたい」「作る側になりたい」という気持ちがあるのは確かだ。

では、作る側になるにはどうしたらいいのだろう?
同じ出来事を体験しても、与えられる人はただ受け身で受け取るだけであって、頭の中で完結して終わりなのではないかと思う。
それに対して、作る側の人は、自分なりの視点で物事を捉え、その良さや価値に気づき、自分なりの解釈を加えて、新しい何かを生み出す。

そんな意味を込めて、この1年を振り返ってみると、やはり「与えられる側」の割合が多かったかなと思う。
前回のブログにも書いたけれども「自信ができてからやる」という変な完璧主義に支配され、頭でっかちで行動が全然伴っていなかったことばかり。

例えば、写真だって、文章だって、どんどん発表し、表現していくことで、本当の意味での自分らしさがでてくるのだと思う。
そんな自分らしさがでてきて初めて「価値を見出される人」になるのだろう。

ヒビノケイコさんのような文章が書けるようになりたい!と頭でいくら考えていたって書けるようになるわけもなく、◯◯さんのような写真が撮れるようになりたいって考えているだけでは、当たり前だけど撮れるわけもない。

>作る側の人にとって、日常は視点を生む土壌。
>毎日・毎秒が、体感的なフィールド。
>頭だけの人と、生き方がともなった人の違いは、その裏に秘めた膨大な情報量の差。

とヒビノケイコさんも言うように、日常生活の中に表現の種は溢れている。
それに気づける自分でいたいし、「自分はどう思う?」「私ならどうする?」と言った問いかけをすることを心がけてみようと思う。
膨大な情報の中かから、自分の心に響くものを見逃さないためにも。

1年後、どんな自分になっているのか楽しみだ!
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# by sakuramoegi | 2016-05-30 14:52 | ひとりごと | Comments(0)

「50歳、おしゃれ元年。」

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>50代になった女性が、ある日、途方にくれる。
>「クローゼット一杯、こんなに服を持っているのに、似合う服がない!!」

この言葉は、30年以上のキャリアを誇るファッションスタイリスト地曳いく子さんの著書「50歳、おしゃれ元年。」からの一節だ。

まさに自分のことだと思った(笑)

学生時代からおしゃれは大好きで、ファッション雑誌も熱心に購読していたし、ファッションにかけたお金もかなりのものだった。
さらに、断捨離ブームに乗って、引越しのたびに、大量の洋服を処分し、今のクローゼットにあるのは、お気に入りの服だけのはず。

なのに、出かける準備をするたびに途方にくれてしまう。

「着る服がない・・・」

今後の洋服選びの参考になればと思い、さっそく読んでみたところ、まさに目から鱗。。。

「昭和のおしゃれルールから抜け出せていない世代」に対するファッションの思い込みに対して、キレのいい文章で、ズバズバ切ってくれるのが、なんとも痛快!!

そして、よく読んでいくと、何を着るかはつまり、どう生きるかにつながるのだなと思った。

だから、
「50歳の現実から目を背けず、自分の変化、時代の変化を認めよう」
という言葉は、「今の等身大の自分を認めるところから全てが始まる」ということに繋がるのだと思う。

このところ、着心地や素材重視で、おざなりになっていたおしゃれだけれど、また楽しみたいな〜という気分になっている。
これもきっと自分らしさの表現につながると思うから。

地曳さんの本、「自分らしさを表現するにはどうするか?」に悩んでいる人にオススメ!
きっと何かのヒントが見つかるはず。


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# by sakuramoegi | 2016-05-29 15:03 | 読んだ本 | Comments(0)